勝海舟記念下町浅草がん哲学外来Café

コロナの時代を生き抜く          
~フツーの人の“とっておきの話”を聞く~

 コロナ感染拡大が収束しないまま2021年を迎え、年明け後すぐに「感染爆発一歩手前」状態となり、またしても緊急事態宣言が一部の都市にだされました。引き続き、おうち時間が長くなりますが希望を捨てずがんばっていきましょう。
  2021年最初の「勝海舟記念 下町(浅草)がん哲学外来」の「がん哲学メディカルCafe」(以下、「がん哲カフェ」と表記)は、1月18日に行われました。この日は、日本各地で聞き書き活動を展開している天野良平先生(金沢大学名誉教授)が講師として金沢からオンライン参加。「聞き書きで街を歩く」と題して、聞き書きのイロハについて教えてくださいました。

 「聞き書き」とは端的にいうと、その人の物語をその人の言葉で聞き活字で残すことです。
  雑誌やネットでよく目にする著名人のインタビュー記事は、インタビュアー(聞き手)が対象者(語り手)に「聞き取り」をし、それらを雑誌やネットなどの媒体に掲載するためにインタビュアー(もしくは代わりのライターなど)が文章化するもので、ほとんどが全国津々浦々の読者を想定して(誰もが理解しやすいように)標準語で書かれます。
  対して「聞き取り」は、基本的に、フツーの人のフツーの物語をその人の言葉で聞き書きし残すことです。テープ起こしでいうならば、その人が語った言葉をそのまんま(口調、語尾、方言、オノマトペ)起こす作業といえばいいでしょうか。
  天野先生が展開している聞き書きは、「お年寄りの話を聞き、その話をその人の喋り言葉で書き、1冊の本にして差し上げる(残す)」活動です。

「人は、誰かに自分の人生の話(物語)を聴いてほしいときがある」
(柳田邦男/ノンフィクション作家)

 確かに、誰にも「とっておきの話」があります。それはこれまでの人生で幾度も語ってきたかもしれないし、心の奥深くしまいこんでいるかもしれない。聞き手はそれを語り手から聞き出し、人生を振り返って嬉しかったことや頑張ったことを思い出してもらう。語り手は、語ることで自分のしてきたことの意義を見出し新たな気づきを見いだし、結果として自分の人生はこういうものだったと納得することができるのです。そう、人は物語らないとわからないのです。自分自身も他者も。
  訪問介護の現場では、定期的にきてくれるスタッフとの時間や会話を楽しみにしている患者さん(特に高齢者)が多いのではないでしょうか。
  終活ブームで自身の人生を綴る自分史が人気を集めていますが、自分史に決まりはありませんので、聞き書きしたものがそのまんま自分史という形になることもあります。どんな形で残すかは依頼者(語り手)の自由ですから。
  日本全国には多くの方言があり、なかには聞き取りにくいものも多々ありますが、方言は貴重な遺産といえますし、その人の人生そのものですからそのままの形で残したいものです。

 訪問薬剤師として台東区内の高齢者(ほとんどがそう)を多く担当する“みやちゃん”こと宮原富士子さんは、患者さんの業務記録を書く際、患者さんとのコミュニケーションを大事にしているそうです。言うまでもなく単に薬を届ける物流業務だけでなく、その人の生活支援を目的としているため本音を聞き出す必要があります。特に人生の残り時間が少なくなった緩和ケア患者さんの場合、語りたいことが多くあるはずです。そんな方の話に耳を傾けて「聞き書き」をするのもケアのひとつだと思います。
  かくいう私、ライターのピークは過ぎましたが、いまだ現役でちびちびがんばっており、自分史作りも多々てがけております。多忙なみやちゃんは動きが速いためついていくのが大変ですが同行して、必要な方の聞き書き活動に(も)参加しようと考えております。コロナ禍の中ですから、もちろんソーシャルディスタンスで!

「聞き書きで空気が変わっていくと感じるようになった。地域の人々の聞き書きをすることは優しい街を作ること」と天野先生。
  聞き書きを医療・介護の現場で活用することについて考え、参加者の意見を聞いてみましたら、参加者のほとんどが患者さんとの会話を重視しているため「聞きとり」もしくは同様の行為はしているものの、特別に書いて残すことはしていないとのことでした。
  忙しい現場では一人の方に長く時間をとることは、確かに難しいでしょう。そこで天野先生が提唱する「7ミニッツ聞き書き」がちょうどいい時間かもしれませんね。

 おうち時間が長くなると普段あまり顔をあわせない(?)家族と一緒に過ごす時間が多くなるものです。この機会に、家族の話にじっくり耳を傾けてみませんか。
  テレビに出ている方々だけが特別なストーリーをもっているわけではありません。世界中の誰もが、その人だけのストーリーをもっています。いまだかつて誰にも話したことのない“とっておきの話”があるはずです。ホントは誰かに聴いてもらいたいけど、その機会がないとおもっているのかもしれません。
  もしご家族や大事な方がそんな思いを抱いていらっしゃるのなら、ほんの少し時間を共有しお話を聞く。そして、一冊の本にしてあげたらいかがでしょうか。母の日、父の日、敬老の日などギフトの機会はいろいろあると思います。本にするといってもお金をかける必要はありません。ちょっとしたPCスキルや絵心などがあればワンコインでそれなりのものが作成可能です! 
  誰でも伝えることを持っています。こういう時代ですから実際にお会いすることがかなわないならばオンラインでもできますよね。さぁ~、まずは誰かと7ミニッツ聞き書きを!

【2021/1/18 がん哲カフェ】(文・桑島まさき/監修・宮原富士子)

 

アーカイヴ